毎年秋に開催されるプロゴルフのメジャー大会の一つである、日本オープンゴルフ選手権競技。
賞金総額2億円、優勝賞金4千万円と、賞金王になるために多大に影響する賞金額の大きさです。
91年間行われている歴史ある大会ですが、歴代優勝者にはどのような人たちがいるのでしょうか。
ゴルフのメジャー大会である日本オープン選手権競技
ゴルフのメジャー大会として日本オープンゴルフ選手権競技は1972年にスタートしました。
初代優勝者は、なんとアマチュア選手である赤星六郎選手です。
この大会ではトッププロだけでなく、トップアマも出場して戦う、日本プロゴルフ選手権大会と並ぶゴルフトーナメントとして大きな大会です。
大会の会場は、常に同じではなく毎年都道府県を変えて行われます。
4日間72ホールのストロークプレーとなります。
出場できるのは最大120名と限られており、以下のように出場資格が定められています。
・前年度の日本ゴルフツアー機構公認試合での賞金ランキング上位20名
・今年度ツアー公認試合の賞金ランキング上位30名
・前回の日本オープンゴルフ選手権競技での優勝者、各種シードを保有している者
・各地区連盟主催の地区オープン選手権での上位選手
・日本アマチュアゴルフ選手権競技優勝者
・日本オープン出場者決定予選会の上位選手
・JGA特別承認者
このようにいろいろな選手に大きなチャンスが訪れる可能性のある夢のある大会です。
91年もの歴史で歴代優勝者はどの選手であり、その後どうなったのでしょうか。
ゴルフメジャー大会である日本オープン選手権競技歴代優勝者【赤星六郎】
日本オープン選手権競技歴代優勝者を語る上で、初代優勝者を外すわけにはいかないでしょう。
初代優勝者は先にも名前を挙げましたが、アマチュアゴルファーの赤星六郎選手です。
1920年19歳の時にアメリカでゴルフを始めています。
大正時代に渡米していること自体すごいことなのに、その時にゴルフを始めているのには驚きです。
彼がなぜアマチュアゴルファーで優勝できたかと言うと、その経歴から見えてきます。
彼自身プロではなく、日本のプロやアマチュアの育成や指導に努めていたのです。
当時はアマチュアゴルファーがプロゴルファーを指導していると言う時代だったのもあり、この時の日本オープンゴルフ選手権競技には多くのプロ選手は実力不足として参加できませんでした。
今とは全く逆で、プロゴルファーよりもアマチュアゴルファーの方が技術が高いと言う、なんとも不思議な時代だったのです。
優勝した後もプロ育成や指導に努め、その後昭和に入ってからはゴルフ場の設計に携わるようになりました。
偉人は早く命を落とすと言いますが、彼も42歳と言う若さで敗血症により亡くなりました。
ゴルフメジャー大会である日本オープン選手権競技歴代優勝者【林由郎】
日本オープン選手権競技の歴代優勝者で次に紹介したいのは、第15・19回目で優勝した林由郎プロです。
1938年に16歳でプロゴルファーになっているのですが、徴兵されたことでプロ活動を一時中断していました。
そんな時代にゴルフをしていたと言うのは、私たち現代人にとってなかなか想像するのも難しいです。
終戦後、プロ活動を再開してからは様々な大会で優勝を飾っています。
そのうちの一つが日本オープン選手権競技です。
それだけの実力の持ち主だったこともあり、日本人として初めて世界プロゴルフ選手権に戦後初めて招待されました。
戦後の厳しい中で日本ゴルフ界を支えてきた一人として挙げられています。
プロゴルファーとして活躍する中で、若手ゴルファーの育成にも努めており、その門下にはゴルフ人気を沸騰させた青木功や尾崎将司がいます。
彼の教えを受けて輩出されたプロたちは「我孫子一門」と呼ばれていました。
48歳ころからシニアツアーに転向し、レッスン番組やトーナメントの解説などでも活躍します。
また2012年には第1回日本プロゴルフ殿堂入りを果たしています。
ゴルフメジャー大会である日本オープン選手権競技歴代優勝者【杉原輝雄】
3人目で紹介する日本オープン選手権競技歴代優勝者は、第26回目で優勝した杉原輝雄プロです。
なんと約50年現役を続行しており「日本プロゴルフ界のドン」と呼ばれていました。
優勝回数28勝(実際は63勝、日本ゴルフツアー制度が施行される前なのでノーカウントになっている)も挙げており、その初優勝がなんと日本オープン選手権競技だったのです。
52歳で25勝を挙げたことにより永久シード権を獲得しています。
生涯現役を公言するだけでなく、晩年シニアツアーと並行してレギュラーツアーにも出場を続けていました。
また日本プロゴルフゴールドシニア選手権でも優勝を飾っています。
160cmと小柄だったこともあり、早くから長尺ドライバーやツーピースボールを取り入れるなど体格のハンディを克服すべく、新しいことへの挑戦心は人一倍ありました。
年を老うごとに故障や病気をし、棄権した大会もありますが、投薬しながら参加したこともある根性の持ち主です。
2011年、74歳で前立腺癌を患い亡くなりましたが、没後の2014年に第3回日本プロゴルフ殿堂入りを果たしています。
ゴルフメジャー大会である日本オープン選手権競技歴代優勝者【尾崎将司】
やはりこの人は外せません。
日本オープン選手権競技歴代優勝者最強の第39・53・54・57・59回目で優勝した尾崎将司プロです。
同じメジャー大会でなんと5回も優勝しているなんて只者ではありません。
トータル優勝回数113勝で断トツの1位、そして賞金王になんと12回も輝いています。
先に話した林由郎の門下生です。
プロゴルファーとしては変わった経歴を持っており、元々はプロ野球選手で活躍していました。
ゴルフを始めたのは20歳の頃で、プロテストに合格したのが23歳と既に才能を持っていたとしか考えられない早さです。
師匠の林由郎と同じく、初優勝は日本オープン選手権競技です。
残念ながら海外でのメジャー優勝は果たせませんでしたが、トップ10入りは3回しています。
海外では思うように活躍はできなかったのですが、日本での優勝記録もあり、世界ランキング最高位5位にまでつけています。
現在71歳でも現役であり、2011年に世界ゴルフ殿堂入りを果たしています。
ゴルフメジャー大会である日本オープン選手権競技歴代優勝者【松山英樹】
日本オープン選手権競技歴代優勝者で現在もっとも期待されているプロゴルファーが、第81回目で優勝した松山英樹プロです。
今や世界のトッププロと肩を並べて戦っている日本が誇るプロゴルファーです。
日本で賞金王に輝いているものの、実のところ日本のメジャー大会では日本オープン選手権競技でしか優勝を挙げていません。
現在海外ツアーでも5勝を挙げているものの、メジャー大会での優勝はできていません。
毎回期待され手の届きそうな位置に付けてはいますので、これからに期待していきましょう。
2010年のアジアアマチュア選手権で優勝したのをきっかけにアメリカツアーへの参戦を本格化しました。
世界ランク最高2位にもつけたこともあり、名実ともに世界のトッププロと言える選手です。
練習熱心なことでも有名で、パターの練習に1日を費やすこともあるようです。
プレー後のインタビューでは、いつも納得のいかない様子の表情を見せるのですが、専属のキャディ曰く、「一緒にいるとこっちが辛くなるくらい自分に厳しい」と話すほどです。
彼自身の納得いくプレーと言うのは、私たちでは想像しえないかなりハードルの高いものなのでしょう。
メジャーで優勝する選手はその後もやっぱりすごい
日本オープン選手権競技歴代優勝者をランダムに紹介しました。
今年で83回目の開催になるので歴代優勝者は延べ82人いることになります。
ここで全員は紹介できなかったのですが、歴代優勝者のほとんどがその後も大きな活躍をしています。
メジャー大会で優勝することがどれだけ大変で凄いことなのかと思わされます。