塾長坂田信弘が徹底的にしごいたと言う本多弥麗との師弟愛

全国でジュニアゴルフの火付け役となった坂田信弘は、私財を投げうち坂田塾を開塾します。

そんな塾の1つ北海道札幌で「落ちこぼれ」と呼ばれた本多弥麗は、努力して女子プロゴルフ界に入会を果たします。

落ちこぼれだからこそのエピソード満載の塾長と塾生をお話を紹介します。

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塾長坂田信弘のもとで落ちこぼれと呼ばれた本多弥麗

坂田信弘はトーナメントでは活躍することはありませんでしたが、苦しい家庭環境の中、「金を稼ぎたい」とプロゴルファーになったと伝えられています。

頭脳は優秀で、京大に進学した『学士プロ』と呼ばれた時期もあるようですが、如何せんスタートが遅かったことから、トップの世界に入ると鳴かず飛ばずの成績で、賞金で財をなすことはできませんでした。

ただ彼には優れた文才があったのでしょう。
実績のないプロのゴルフコラムが人気となり、やがて漫画の原作を書いて大当たりします。
そうして一線で活躍するトーナメントプロ並みの稼ぎを手にすることとなります。

自分が早くからゴルフに携われることがあれば、きっと海外で活躍する一流ゴルファーになったと心の底から思っていたようで、その想いをこれからの子供たちに託そうと、私財を投げうち『坂田塾』を開塾します。

郷土の九州から始まり、北は北海道まで、たくさんの塾生が学び巣立っていきました。
賞金女王になったプロ、米国ツアーに参戦したプロ、まさに坂田信弘が思い描いた光景が現実のものとなったのです。

そんな塾生の中に、「落ちこぼれ」だったけどプロゴルファーになった本多弥麗がいました。

坂田塾の坂田信弘のもとに将来の女子プロ候補本多弥麗が入塾

坂田信弘が主宰する『坂田塾』には、厳しい決まりがありました。

まずは塾長の言うことは絶対なので、教えを乞う以上逆らうことはできません。
また鉄拳制裁もありなので、不服があれば入塾は認めません。
さらに親は送り迎えなど完全サポートはできても、ゴルフに口出しすることはできません。

況(いわん)や、「素人が口出ししても意味がない」というのが坂田信弘の考え方です。
ただゴルフ理論はシンプルそのもの、多くのプレイヤーが練習法を取り入れ、ジュニア時代の石川遼プロも父親が習得して指導を受けたそうです。

入塾の条件は、ゴルフ未経験者でもOKでしたが、世界で活躍できるプロゴルファーになることです。
プロになるのは趣味のゴルフではないので、子供と言えども厳しいレッスンが毎日続きます。

そんな環境の中、将来性豊かな女の子が入塾します。
北海道札幌の坂田塾に入ってきたのが本多弥麗でした。

 

鬼の塾長坂田信弘が本多弥麗を認めた日

坂田信弘は多忙でした。
もはや本業となった執筆活動に坂田塾、しかも噂は噂を呼び全国各地で開塾が進み、1月に数回程度しか塾に顔を出せないときもあったほどです。

それでも塾生の成果は気になるところ、タイトなスケジュールをかいくぐり、ジュニア大会の試合会場などで出場する塾生に声をかけるなど、まさに八面六臂で全国を駆け巡っていました。

一方で本多弥麗は、入塾した頃は目覚しく進歩しましたが、アクシデントが起きてゴルフができない時期を迎えます。
塾長の坂田信弘からは、「怪我が治るまでしばらく休むように」と申し渡されますが、他の塾生の練習を見ているだけでも勉強になると、見学する日が1年以上も続くことになります。
まさに「落ちこぼれ」てしまったわけです。

普通のゴルフスクールであれば、可哀想とか根性があると評価しますが、坂田塾はすべてがボランティア、無償で子供たちを教えている以上、プロになれない子供がいれば入れ替えていくことになります。

当然、坂田信弘もそう考えたでしょうが、同じ塾生の練習を真剣に見学しているその目にやられてしまったのでしょう。
見学だけの塾生として本多弥麗を認めたわけです。

塾長坂田信弘の本多弥麗への優しさが仇となった?

札幌塾が開催される練習場は、札幌市内と言えども毎年熊が出没したと大騒ぎになる地域にあります。
大型の練習場ですが、昼間は客で満員なことから、塾生は夜の時間帯で練習をします。
もちろん親は送迎要員となっていますが、ゴルフの練習についての口出しは厳禁です。

そんな中本多弥麗が練習に復帰することができるようになり、塾長の坂田信弘も内心は安堵したことでしょう。
ところが再開した練習を見ると、まったくダメでした。
1年8か月のブランクは、本多弥麗からゴルフを取上げてしまったようです。

休む前は同期の中でもトップクラスだったのに、後輩の影さえ見えないほど遅れをとっていて、誰が見てもプロになれるとは思えない、まして世界で活躍することはありえないと思える惨状だったようです。

すでに1年半前に退塾だったのに、復帰を待って練習を再開してみると、「やっぱりあの時……」と、坂田信弘も悔やんだのではないでしょうか。
本人に伝えるべきなのか「プロになれない」と。

本多弥麗に対する母の愛と坂田信弘の愛情

坂田信弘のもとに本多弥麗の母親がやってきました。
普段は親が口出しできないことから、塾長と親が直接話をする機会も少ないわけですが、この日の母親は意を決する覚悟で塾長のもとを尋ねました。

そこで「娘をやめさせて欲しい」と伝えます。
本多弥麗は、自分のゴルフに悩み苦しんでいるが口には出さず一生懸命練習をしている、だけど寝顔を見ると枕が濡れるほど泣いている日が続いていると、母親もまた泣きながら坂田信弘に心の内を明かします。

塾長の坂田信弘の答えは簡潔明瞭でした。
「本多弥麗が涙を見せるか、もうダメと言えば退塾させるが、そうでなければ止めさせない。あんたは、もう口出しするな!」
母親は大泣きしながらも感謝の言葉を述べて帰ったそうです。
本多弥麗の母も坂田塾の意義を知っていたからの退塾願いだったかもしれません。

坂田信弘は「可哀想な子」だった本多弥麗を、それから徹底的にしごき、結果的にプロの道が開けることになります。

ちなみに北海道では女子プロの試験は受けられません。
またプロの卵たちが入る研修会もないので、本州に渡らなければならず、本多弥麗は母親と兄だけの家庭だったので、経済的にも厳しい中でプロテストに合格することとなります。

塾長坂田信弘が本多弥麗を可愛がるのはデキの悪さ?

坂田塾の塾長坂田信弘のおかげでプロゴルファーになれたといってもよい、本多弥麗がプロ会に入会したのは2007年23歳のときでした。

プロ研修生になるために1年、研修生として上位成績を残すのに2年、翌年プロテストを受験しても最低で4年は掛かります。
23歳でプロ会に入会できたのであれば、トーナメントも順調かと思えば、やはり師匠のあとを追うことになったようです。

とは言え、師匠よりは遥かに賞金を稼いできましたし、現役ゴルファーですからこれから大成するかもしれません。
坂田信弘はこれまで多くの子供たちを指導してきましたが、もしかすると塾生だった、古閑美保や上田桃子よりも、「落ちこぼれ」の本多弥麗が気になっていたのかもしれません。

2016年から「大地のみやり」という漫画の原作を書き始めました。
内容は、「落ちこぼれ」塾生の鈴木みやりを主人公にしたゴルフ漫画ですが、もちろん本多弥麗(ほんだみやり)がモデルであることは、その名前で推測ができます。

鬼の坂田でも「デキの悪い子ほど可愛い」ということなのかもしれませんね。

坂田信弘の厳しい教えを本多弥麗が実践?

本多弥麗はゴルフを始めたきっかけを坂田塾と公言し、坂田信弘のおかげでプロの世界に入れたことを感謝しています。

一方で目標とする人物はとの問いに「母」と挙げています。

感謝を伝えることも坂田塾の厳しい教えのひとつです。
本多弥麗の中では、泣くほどつらく厳しい坂田塾が最高の思い出なのかもしれませんね。